Discovery・Endeavourクラスで読書・宿題の取り組みを開始してから1ヶ月がすぎました。
宿題については、「こども技研に来るまでに終わっていなければ、持ってきて終わらせる」というルールです。
また、わからないところがあれば持ってくるのもOKです。
学校から帰ってきて元気があれば終わらせてから来る研究員が多く、持ってくるのは主に時間がなかった時や、学校で疲れた時です。(運動会の練習の時期ですので)
宿題をしているのをみているだけでも、研究員たちがどのような成長をしているのかがわかります。
小学校の算数は、「経験を積んで慣れること」が重要なので、最初は時間がかかってもだんだん早くなるのが、目に見えてわかります。とてもうれしいことです。(*^^*)
教材に依存する「解き方」の制約
その一方、算数・数学のつまずく箇所で感じるのは、「ドリル等の解法で解かなければいけない」ことです。
考え方から学んだ昔の手法に慣れている年代には、「便利な解法」が逆に不便な解き方に感じます。
シンプルに「理解」していればいろんなことに応用が効くのに、そうした教材は、「その多数の広がりの範囲を全部細かく手順を書いている」のです。
今は私は理解してから見るので、意図していることがわかるのですが、理解が進んでいない段階で見ると「丸暗記」に近い状態になります。
こうした、私と同じような感覚を持つ子供たちが、その「丸暗記していれば解ける方法」につまずくのです。
こうしたとき、とても戸惑いを感じます。
『なぜそうなるのか』をしっかり理解して進めたい子供が一定数います。
そしてこうした子どもたちの多くは「理解できないことがあると先に進めない」のです。
とてもよくわかります、私もそうだったのです。
だけど、学習教材によっては「理解を進めるよりも『誰もが解答にたどり着くための方法』」を主として書かれているのです。
現場での対応策
こども技研に研究員が持参するドリルも、まさに「この方法で解く」ことが前提となっています。
こうしたドリルはステップを踏んでとても丁寧に書かれているからこそ、その手順通りに書かないと、学校では「❌」がついてしまいそうな危うさがあります。
だから私は、そうした理由を言葉で理解するのが難しい子どもには、一緒にその手順の謎解きをしながら『このドリルのルールをクリアしちゃおう』と並走します。
そして、心の成長が進んでいる子どもならば、正直にこう伝えます。
「君の解き方で間違ってないよ。だけどここでは『この問題を作った人の気持ちになって。書いて欲しそうな解き方で解いて』」と。
もちろん学校の方法を否定しているのではありません。
学校は不特定多数をごく少人数の大人で指導する必要があるので、どうしても最大公約数的な手法になると思います。
そうした「環境条件による限界」だと考えています。
学校の規模で一人一人に寄り添う環境を整えるには、それ相応の人員と予算が必要なのです。
それは、学校の先生方こそが心から願っていることだと思います。
みなさまに考えていただきたいこと
だけど、その公約数ではない子どもたちにとっては、「解法を丸暗記すること」は最適な方法ではないのです。
だから、「理解できるはずの子が、逆に戸惑ってしまう」ことが実際にあるのです。
こうした「やらなくていい遠回り」が、日本中のどこかで毎日起きていると思うと、教育への公的な投資のあり方を、保護者として、市民として考えてみてほしいと思うことがあります。
小さな小さなこども技研ですが、なにをすればいいのか、何ができるのかを考えながら、小さな一歩を積み重ねていきたいと思います。


