「英語は早いほどいい」という言葉を、よく耳にします。
幼児英会話教室は全国に広がり、「バイリンガル教育」への関心は年々高まっています。
だけど私は思うのです。
その熱量は、日本語にも向けられているでしょうか。
3000万語の格差
1982年、アメリカの社会科学者ベティ・ハートとトッド・リズリーは、42の家族を対象にある調査を行いました。
家庭での会話の量と、子どもの語彙力の関係を調べたのです。
これは「3000万語の格差」という本にまとめられています。
結果は明確でした。会話の多い家庭と少ない家庭とでは、子どもが3歳になるまでに聞いた言葉の数に、最大3000万語もの差が生まれていたのです。
そしてその差は、その後の語彙力、読解力、学力に直結していました。
この3000万という数自体には、私はこだわりはありません。
だけど、家庭で会話が多い・少ないは間違いなく影響すると思います。
これは英語か日本語かの話ではありません。幼児期に、どれだけ豊かな言葉の環境に置かれたか、という話です。
英語を学ぶ前に、失っているもの
一方で現代の子どもを取り巻く環境はどうでしょうか。核家族化が進み、地域のコミュニティは縮小し、子どもが大人と言葉をやりとりする機会は減り続けています。
そういう環境の中で、週に1度の幼児英会話教室に通わせることに、私たちは熱心です。英語の歌を覚えさせ、ABCを書かせる。それ自体を否定したいわけではありません。
ただ、一つだけ問いたいのです。
その子は今日、日本語でどれだけ会話をしましたか?
言語は思考の道具
このHPで何度も書いていますが、言葉は話すためだけにあるのではありません。私たちは言葉で考えています。頭の中で誰かと議論するときも、悩むときも、アイデアを練るときも、言葉を使っています。
一つ試してみてください。
「今度のお休み何をしようか?」を英語で考えてみてください。
できましたか?おそらく、ほとんどの人は気づけば日本語で考えているはずです。
言語はコミュニケーションの道具である前に、思考の道具なのです。
だとすれば、深く考えるためには、言葉の力が必要です。
そして語彙だけではなく、それ以上に、文章として言葉を組み立てる力——文章力が必要です。
論理的に考えるためには、文章力が土台になります。筋道を立てて考えるということは、頭の中で文章を組み立てるということだからです。
文章として考える習慣がなければ、言いたいことは断片的な言葉の羅列になり、何を伝えたいのかが自分でもわからなくなります。
これは子どもだけの話ではありません。大人になっても、文章として考える習慣がないまま育つと、言葉は曖昧なまま使われ続けます。
勤め先の同僚や家庭でのパートナー、友人、きちんと相手に自分の考えや気持ち伝えることができますか?
相手の気遣いによる共感だけで終わらせていませんか?
英語が話せるだけでは、何も変わらない
英語がネイティブ言語の人はみんな英語を話しています。
当たり前ですが、それをいいたいのではありません。
英語圏では英語が話せることは普通のことです。
だから日本人が英語を身につけても、英語が話せるだけでは、それだけで英語圏での大きなアドバンテージにはならないということです。
英語が武器になるのは、何らかのプロフェッショナルが英語も話せる時です。
「話せる」ことではなく、「何を話すか」が問われるのです。
そのためにも、まず日本語の力を磨くことが大切とこども技研では考えています。
今日、子どもに話しかけましたか
特別なことは何もいらないと思います。
「今日は空が青いねえ」
「あたたかくなって、緑がきれいになったねえ」
「今日は寒いから、お鍋作ろっか」
「今から洗濯するからね」
そんな日常を言葉にするだけで、子供たちの言葉の成長につながるのではないでしょうか。
「あたたかい」「きれい」「さむい」
そんな言葉もお父さんやお母さんから聞くことによって、意味や価値観として繋がっていくのではないでしょうか。
そうした、昔なら当たり前に会った時間が、現代社会では貴重な時間になっています。
習い事の主催者がこんなことを言うのも何ですが、「習い事に行く時間の代わりに、おこさまといっしょに過ごす時間を大切にする」という考え方もあるのではないでしょうか。
子供たちが小さな時期は一瞬です。
毎日のそんな時間を大切にしていけたらいいですね


